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同居人たち

奇妙な4人での生活は日々驚きの連続。

まず彼らは留学生ではない。

スペイン人のエヴァは地元マラガ出身、完全なネーティブだ。彼女は地元の小学校の臨時教師だった。私にとってはスペイン語の先生と同居している生活。日々の生活で彼女からありとあらゆること(スペイン語はもちろん)を教わった気がする。スペインでの飲み会(フィエスタ)は深夜1時を回ってからようやく始まることも彼女たちとの生活で分かったことの一つ。

なんでも知っててすごく頼りになる彼女(ゴット姉ちゃん!って感じ)だったが、家事は全く出来なかった。料理は最悪・・・。共同生活だからみんなで料理もしたりしたが、彼女はもっぱら食べる&お喋り専門。

他の同居人のブラジル人のレナト・アルゼンチン人のルイス(共に男の子)の方が、ずっと料理が上手かった。レナトなんてプロ級の腕前で、休日のお昼はフルコースでもてなしてくれた。

このレナト、誕生日が私と同じ日だった。すごい偶然。日本人でも同じ誕生日の人なんてそうそう巡り合えないのに、スペインマラガで同居することになった人が同じ誕生日なんて。レナトはスペイン・ブラジルのハーフで完全なバイリンガル。ルイスももちろんスペイン語ネーティブ。3人の先生に囲まれた生活は1年半続いた。

レナトは芸術家を目指してスペインに来ていた。家でも制作活動を行っている。なんだかわけのわかんない作品もあったが、日々何かを生み出そうとしている人たちと色々なことを感じながら生活する日々はものすごく刺激的だった。私も家具学校に入学するまでの間、スペイン語の学校に通いつつ家で制作を始めた。家具なんて大きなものは作れないから、小さな作品を作り始めた。出来上がった作品はなんか良い感じに思えた。色使いやデザインがスペインマラガに色濃く残るアラブを感じさせるものだった。

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家で作っていた作品たち。アラブっぽいデザインと色使いのフォトスタンド

同居人たちに絶賛されていい気になった私は、その作品を街の雑貨屋に売り込みに行った。

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雑貨屋さんに持って行った箱。

あのころはアラブっぽいデザインと色使いにすごく惹かれていました。

突然現れた日本人の女の子が下手なスペイン語で喋る事を真剣に聞いてくれ、その作品を店で売ってくれることになった!日本ではたぶんありえないよね・・・。

1200ペセタ(当時はユーロではなくペセタ・日本円で720円くらい)と値段をつけて店に置かれた箱(宝物入れのような箱に全面デザインで彩色したもの)を、1週間ほどしたころ、誰かが買ってくれた。

嬉しい・・・信じられないけど嬉しい!!!

初めて手にした作品を売って得たお金800ペセタ。

すごく有難くて神々しくてしばらく使えなかったなぁ・・・。

同居人たちに早速報告。彼らもすっごく喜んでくれた。

そんな日々を4人で過ごしながら、家具学校入学の秋がやってきた。

私は絶対入学しなきゃ!!!という強い信念を持って、毎日学校の事務局へ通い続けた。スペインは時間がのんびりした国。いつ願書受付なんて決まってない。校長のOK一つで大丈夫って感じの国。だからタイミングを逃すともう定員一杯で入れないって事も日常茶飯事。誰に聞いても本当のことは誰も知らないってお国柄。だから自分で動くしかない。

私は校長に呆れられるほど毎日学校へ通いつづけ、事務局員に顔を覚えてもらい、半ば強引に入学許可を貰う事に成功し、10月より国立美術学校の社会人コース・家具職人コースへの入学を果たしたのでした。

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