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スペインへ渡って・・・2

スペインでの生活が始まった。

地中海コスタデルソルのビーチに面した最高の年代物のピソ(マンション)はキッチン・リビング以外に4部屋あり、複数の学生でシェアーする。共同生活だ。

言葉が全くしゃべれなかった私はかなりの覚悟をしてそこへ乗り込んだ!でもそこには日本人ばかり3人。「あれっ・・・?」

ほっとしたような、ちょっと期待はずれのような不思議な感覚。

事情が良く分からなかったが、話を聞いてみると、そのピソの住人は日本人の女の子1人で他2名の大学生は帰国前の居候だと分かった。ちょうど入れ替え時期だったようで、その日は日本にいるかのような家も、翌週にはヨーロッパ各国からの学生で急に賑やかになった。イタリア・ドイツ・オランダ・スイスなどなど。どの子も私よりかなり若く高校生や大学生といった面々。でもスペイン語はすでにぺらぺら(に見える)。私から見ると「わざわざ語学学校行く必要ない・・・」ってひがみたくもなるくらい流暢に操っているのだ。ヨーロッパの人たちのとっては、数ヶ国語を操ることはごくごく当たり前のことらしい。

アジア人の私にとってはスタート地点がすでに違うのだ。

そのピソで4ヶ月の語学学校生活が始まった。最初の1ヶ月は偶然同じピソになった日本人の女の子に助けられ、買い物や銀行口座の開き方、近所でおいしいバルはどこか、スーパーや市場での買い物術などなど、生活に必要なあらゆるテクを伝授してもらった。彼女と出会えなければ、私のスペイン生活はあんなに順調にスタートしてはいなかったはず。

運命の出会い1人目。

1歳違いの彼女とはあらゆることを話し合った。夜が長いスペインで、おいしいワインと生ハムをつまみながら人生観やこれからの事まで。

彼女も帰国し、4ヶ月の語学学校のコースが終わると季節は冬12月。どうにか片言でスペイン語が話せるようになり、街角のママンたちが捲し立てる早口スペイン語(スペイン人はすっごい早口だ!)が、少しずつ理解できるようになってきた。

でも美術学校の入学は10月。それまでまたないといけなかった。そこで国立の語学学校の外国人コースへ移った。それに伴って家も探さないといけなかった。通いなれた語学学校前の住み慣れた広場PLAZA DELA MERCEDEZ(ここはスペインの画家ピカソの生家の前にある広場)近くで家を探した。探せばどうにかなるもんで、毎日通っていたバルのすぐ裏通りにすごく素敵な小さな家を見つけた。

まだ作りかけていたその部屋にどうしても住みたくて大家さんと交渉。その部屋が完成するまでその部屋の上の階に転がり込むことになった。

そこには3人が住んでいた。スペイン人のエヴァ、ブラジル人のレナト、アルゼンチン人のルイス。突然訪問した小さな東洋人をすっごく大きな心で受け入れてくれた彼らとの共同生活が始まった。

運命の出会い2回目。

この出会いは本当に素晴らしかった。それぞれ国籍も違う4人が本当の家族のように生活していた。結局私は借りたかった部屋が完成しても彼らとの同居生活を続けたのでした。

そして彼らとの生活によって、私の美術学校への思いはますます膨らんでいったのでした。

続きはまた!

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