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2007年10月

フェリア

valencia国際家具見本市が始まった。

現地では見本市のことを「feria(フェリア)」という。フェリアとはスペインではお祭りを意味する。家具のお祭り!まさにお祭りというような会場と人々の熱気だった。

私は家具の世界、まぁ家具を含めた生活の道具を作ることや提案することを自分の生涯の仕事に出来たら良いなぁ・・・という希望を抱いていた。そのためにスペインまで来たのだし、その第1歩となるフェリア見習い修行だった。

小さなメーカーだったので展示会に乗り込んだのは、社長と営業2名、そして私の計4名。

でも始まってみると、いつも10名程度の人が我が物顔でブースにいて、親しげに談笑していたり飲み食いしたりしているのだ。今まで見たこともない人たち。でも社長はすごく親しげだ。彼らは商談中でも全くお構いなしでくつろいでいる。全く仕事らしい仕事はしない人たち。

で、ときどき姿を消し、突然お客らしい人と現れる。そして今までのくつろいだ姿とは一転、結構出来る感じで営業トークを繰り出す。

いったい何者だ・・・・。

ウチのブースだけじゃない、他のブースにも出入りし、同じように親しげに飲み食いし寛いでいる不思議な人たち。

展示会も終盤に近づき、彼らの正体が分かった。

「エージェント」と呼ばれる彼ら。フリーランスで各家具メーカーと契約し、各地で営業を行っているとのこと。私に詳しいことを教えてくれたのは、スペイン人で現在デンマーク在住・デンマークでスペイン家具のエージェントとして活動している人だった。個人でお客を持っているから、自分のお客以外のときは寛いでいたわけだ。納得。

正体がわかってよくよく見ると、会場にはそういう人たちがいっぱい。しかも女性が多い。ヨーロッパの家具ビジネスは女性が前面に出ているメーカーが多い。年齢は関係なく、むしろ年を重ねている方が生活具としての家具へのビジョンをしっかりと持っている雰囲気を感じられるようで、活躍するマダムの姿を多く見た。

私は彼らに仕事の内容を色々聞いたりしているうちに、私もエージェントになれるかな・・・・と、淡い気持ちを抱いていた。

「日本に帰ったらどうするの?」

彼らの一人に聞かれた時、私は・・・・

「なにかスペインで学んだ家具に関する仕事がしたいんだけど・・・・」

と答えるのが精一杯だった。

その時1人が「日本でこのメーカーのエージェントをしたらいいじゃないか!」と。

私が自分の中で描いていた淡い希望がいきなり具体的な言葉になって現れて正直びっくりした。

「私に出来るのかな・・・。資格なんて何もないけど・・・・」

というと、他の1人が「家具が好きだろ。まず家具が好きなこと、次に家具を見る目を持つことが条件だよ」と背中を押してくれた。

展示会終了まであと2日。私は帰国後の目標を見つけた。そういう気持ちで会場の各メーカーの展示品を見ると、すごくわくわくしたし勉強になった。

でも社長はOKしてくれるだろうか・・・・。何も経験のない私にやらせてくれるかな・・・・。社長に切り出せないまま、最終日を迎えた。

その最終日、運命の出会いが私にエージェントへのチャンスを与えてくれたのだ。

最終日終了間近、一人のアジア人(しかもT-シャツ姿の)がブースをうろうろ。長いことじっと家具を見ている。

展示会ではデザインのコピーを防ぐため、怪しげな人たちはマークするように言われていた。失礼だったが私は彼をずっとマークしていた。

すると彼が片言の英語で話しかけてきた。香港に住む中国の人だった。挨拶程度の英語の後、いきなり中国語で話しかけてきたが、私はさっぱり分からない。でも一生懸命商品について聞いてきた。私は筆談で答えた。漢字を使って絵を使って、お互いの会話がどうにかこうにか進みだした。一生懸命筆談しながら話していた。

すると彼が商品を指差し、紙に数字を記入し始めた。そして私に

「ありがとう。これらをいただくよ。契約をお願いしたいんだが」と言ってくれた。

私はびっくりした。私のつたない筆談の説明で商談が成立した。でも一生懸命伝えた事が通じたようで、ものすごく嬉しかった。

すぐに社長に伝え、契約。契約総額は600万円以上。みんなびっくりの契約。

その彼は、香港・ニューヨークなどに数店舗を持つ家具のセレクトショップのオーナーだった。商談後、私に名刺をくれ、いつでも香港においでと言ってくれた。

私の家具での初仕事。初めて1人で契約が取れた。

その夜、社長に切り出してみた。日本でエージェントとして営業していきたいんだけど・・・・と。

返事はOK。それは香港のお客さんの契約を実績としてみてくれたからだった。

最終日の出会いで、私は自分の仕事に出会うことが出来た。日本に帰ってからの目標が出来た。

その夜にお世話になった会社のみんなで食べたスペイン料理とワインは最高だった。

VALENCIA国際家具見本市。私の仕事の原点。

お世話になったみんなに、全ての出会いに感謝。

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修行はつづく

暑い夏のグラナダで、タラセア工房で過ごしながらせっせと店で売る商品を作った。

私としては、つい最近修行に来たばかりの人間の作品でお金を貰っていいものだろうか・・・・とか、少々不安になったりもしたのだが、そこはおおらかであったかいお国柄。ノープロブレムだった。私は3ヶ月の修行期間中、結構な数の作品を作った。

そこでの修行も終わりに差し掛かったころ、私は4枚のお盆を自分用に作らせていただいた。1枚1枚デザインを変えて、組み合わせる木の色や模様を考えながら作り上げた。選んだ4つのデザインは、私が作っていた中で最も好きだったものたち。アラブのデザインは、奥が深く、たぶん組み合わせは無限大なのかも・・・。1つ1つに色々な思いをこめて4枚のお盆を作り上げ、それをお土産としていただき、私のタラセア修行は終わった。

4枚のお盆は日本にいる家族のために作った。私の無謀なスペイン修行を反対もせず、でも賛成もせず、送り出してくれた家族への私からの気持ちだった。感謝の気持ちと共に、頑張った自分の時間を少し感じて欲しかったんだと思う。なにか家族に示せるものを手にしたかった。

その4枚のお盆を手に、次の修行先ヴァレンシアにある小さな家具メーカーへ出発。

ヴァレンシアはスペインでも主要な街。家具の街で多数の会社がある。そこで年に一度9月に開催される国際家具見本市を経験するための修行だった。

私を受け入れてくれた会社は、新進の家具メーカーだった。センターテーブルを専門で作っている会社。デザイン開発に力を入れ、アジア市場への進出にも前向きな会社だった。

そんな会社だったから、日本人の突然の手紙攻撃を受け止めてくれたんだと思う。

ヴァレンシアとはいえ、会社があるのはかなり郊外の田舎の町。周りには田んぼとみかんの木がいっぱい。実は、ヴァレンシアではお米の栽培が有名。パエリア発祥の街だ。日本で取れるお米とほぼ同じ味の物が食べられる。本場で食べるパエリアは絶品だった。

工場のあった田舎の村の小さなバルでたべたパエリアが、私が今までに食べた中で一番美味しいパエリアだった。男集が庭に出て薪の火で調理したパエリア。優に1mくらいあるパエリア鍋で作った物を、目の前でサーブしてもらう。お昼の定食だから、パエリアとメインの皿、ワインにデザートが付いて600円くらいなのだ。信じられなーい安さに美味さ。最高だった。

パエリアって料理は、男が愛する女のために作る料理。スペイン語で「パラエーリャ」(彼女のために)がパエリアの語源。美味しいはずだ!!

工場に行って1週間ほど会社の中で過ごし、とうとう家具見本市の準備が始まった。

会場設営から色々な準備も手伝いながら、私の気持ちはだんだん高ぶっていった。とうとう始まる!!!

この私のどきどきは当たっていた。この展示会で私は自分の次のステップに出会ったのだ。そしてインテリアの世界の奥の深さを知ることになった。

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